伊丹空港からインド・デリーへ向かう旅程で、羽田空港での乗り継ぎという、一見無駄な国内移動のひとコマに、奇跡的な「富士山体験」が待っているとは思いませんでした。
機内から見えた富士山笠雲

伊丹から羽田へ向かう機内で、静岡側の窓から雪をかぶった富士山が現れました。
そしてその山頂には、まるで帽子のように雲が乗っていました。
それが「笠雲(かさぐも)」です。

羽田からデリーへ向かう便。今度は反対側、山梨上空を通る航路から同じ富士山を見下ろすと、そこにさきほど見た笠雲がかかっていました。
一日に二度、違う角度から笠雲を見られるなんて、まるで富士の神が旅の安全を祝福してくれたような気持ちでした。
富士山の笠雲とは ― 風と山がつくる自然の芸術
富士山に現れる笠雲は、気象学的には「レンズ雲(Lenticular Cloud)」と呼ばれるものです。
山に強い風が吹きつけると、空気が波のように上下に揺れ動き、その波の頂で空気が冷やされて水蒸気が凝結し、雲ができます。
それが山頂を帽子のように覆うとき、「笠雲」と呼ばれるのです。

面白いのは、この雲自体が動いているわけではないという点。
実は、空気が絶えず流れ込み、同じ場所で生成と消滅を繰り返しているため、雲が静止して見えるだけなのです。
富士山のように孤立した円錐形の山だからこそ、こうした美しいレンズ雲が安定して現れるのです。
この珍しい現象は、意外と年間でおよそ200回も観測されているらしい。
伝承に残る笠雲 ― 古人が読み取った“天のサイン”
富士山の笠雲は、古くから天気の変化を告げる「空の予報士」として知られてきました。
地域には、こんな言い伝えがあるようです。
- 「富士山に笠がかかれば雨」
- 「はなれ笠なら晴れ」
- 「東に吊しが出れば雨」
これは単なる迷信ではなく、気象学的にも理にかなっています。
例えば、山頂から少し離れた“はなれ笠”は、空気が乾いて安定している晴天の兆し。
一方で、東側に“吊し雲”が出ると、湿った空気が流れ込み、低気圧の接近を意味します。
つまり、笠雲は昔から「山の気象レーダー」として、農業や生活に密接に関わってきたのです。
風や湿度の微妙な変化を、雲の形から読み取っていました。
これはまさに、自然とともに生きてきた日本人の知恵といえるでしょう。
笠雲のご利益 ― 天の結界と神の顕現
富士山は古来より神の山として信仰されてきました。
笠雲はその山頂を包み、俗界と神域を隔てる「結界」のように見えたことから、神が現れる瞬間のしるしともされてきました。

富士講の修行者たちは、笠雲を「浅間大神(あさまのおおかみ)」の姿と重ね、登山前に笠雲を目撃することを神の歓迎の証と信じているという。
また、雲が水の神・龍神と結びつけられ、豊作祈願や雨乞いの対象にもなってきました。
そのため笠雲には、
- 「旅の安全」
- 「豊穣」
- 「清め」
といったご利益があるとされます。
今回の旅で、伊丹から羽田、羽田からデリー、笠雲を二度見できたことは、まさに「旅立ちの守護」そのものだったのかもしれません。
参考情報
- 富士山の笠雲は年間約200回発生(年中発生する)
- よく見られるスポット:新倉富士浅間神社、忍野八海、田貫湖
- 笠雲が見える条件:強い西風・高湿度・安定した成層状態

