ウズベキスタンヒヴァカルタミナル

ヒヴァの旧市街イチャン・カラ。観光客が最も多く出入りする「西門(アタ・ダルヴァザ)」を抜けると、目の前に現れるのはまるで巨大な原子炉のような、刀で二等分された円錐のような、見たこともない巨大な物体です。

これが「短いミナレット」を意味するカルタミナル。砂色の街並みの中で、鮮烈な青を放つこの塔には、かつての王が抱いた壮大な野望と、悲劇的な物語が隠されているのです。

イスラム世界一への野望:クトゥブ・ミナールへの挑戦

カルタミナルの建設は、1852年にヒヴァ・ハン国の君主ムハンマド・アミン・ハンによって始まりました。

ヒヴァカルタミナル
西門入ってすぐ現れるカルタミナル

ハンの目標は極めて明快でした。それは「イスラム世界で最も高く、最も壮麗なミナレットを建てること」。
彼がライバル視していたのは、インドのデリーに立つ当時世界最高のレンガ造ミナレット、クトゥブ・ミナール(高さ72.5m)でした。

ヒヴァカルタミナル
よく見ると奇妙な形をしている
  • 驚異のサイズ
    カルタミナルの基底部の直径は14.2〜14.5mに達します。これはクトゥブ・ミナールの14.32mに匹敵、あるいはそれを上回る規模です。
  • 計画された高さ
    完成すれば70m〜80m、あるいは110mに達する計画だったと伝えられています。
インド・デリーにあるクトゥブミナール

現代の超高層ビルが競い合うように、当時の王たちもまた、信仰と権力の象徴として塔の高さに自らの威信をかけていたのです。

なぜ建設は止まったのか?

これほど巨大な土台を築きながら、カルタミナルは現在、わずか29m(26mとする説もあり)の高さで止まっています。なぜ、工事は中断されたのでしょうか?

悲劇の真実:1855年サラフスの戦い

1855年3月19日、施主であるムハンマド・アミン・ハンが、現在のトルクメニスタン付近で行われたサラフスの戦いにおいて戦死したことが、建設中断の決定的な理由です。強力な指導者と資金源を失ったことで、プロジェクトは二度と再開されることはありませんでした。

ヒヴァカルタミナル
橋が架けられてるカルタミナル

現在は内部の見学はできず立入り禁止となっていますが、かつては内部に木の階段があり、上部まで登る構造になっていました。

「青いタイル」の秘密、神秘の植物イシュコール

カルタミナルを世界で唯一無二の存在にしているのが、塔の全表面を覆い尽くす鮮やかなタイル装飾です。中央アジアの多くのミナレットがレンガを主役にしていますが、「完全にタイルで覆われたミナレット」は、このカルタミナルだけです 。

イメージ:タシュハウリ宮殿のタイル
イメージ:タシュハウリ宮殿のタイル

この色が150年以上経っても色褪せないのには、職人たちの「隠し技」がありました。

  • イシュコール(Ishkor)の灰
    タイルの釉薬(うわぐすり)には、砂漠に自生するイシュコールという植物を焼いて作った灰が使われています。
  • 天然の色彩
    この灰に砕いた石英(クォーツ)などを混ぜ合わせることで、鉛を使わずに独特の深みのあるターコイズブルーやコバルトブルーを生み出しています。

ただし、具体的な化学成分の配合比率など、現代に伝承されていない詳細な技術については不明とされる部分も多く、まさに歴史が生んだ奇跡の青と言えます。

まとめ

ヒヴァイチャンカラ

未完成であるがゆえに、見る者の想像力をかき立てるカルタミナル。それは、かつての王が抱いた夢の断片であり、ヒヴァが誇る最高の芸術作品なのです。

カルタミナルの場所はコチラ

投稿者 iryota_gram

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