今回は、クトゥブ・ミナールからデリーメトロのチャタルプール(Chhattarpur)駅へと歩く途中で偶然見つけた、二つの歴史的な遺跡「ブール・ブライヤ(Bhool Bulaiya)」と「ジャハーズ・マハル(Jahaz Mahal)」を紹介します。
サケットからチャタルプールへ、メヘラウリの歴史街を歩く
デリー観光で必ず候補に入るユネスコ世界遺産・クトゥブ・ミナール。そのすぐ裏側には、8世紀の都市ラール・コットを基礎とした、デリー発祥の地メヘラウリの活気あふれる街並みが広がっています。

私は、デリーメトロのサケット駅からクトゥブ・ミナールを見学した後、メヘラウリの中心街を抜けてチャタルプール駅へ向かいました。観光地のきらびやかさから、地元の生活文化のど真ん中へ一気に引き込まれるルートです。

メヘラウリは現代的なデリーの街並みとは異なり、オールドデリーのような昔ながらの家々や露店が並び、人々の生活がそのまま息づく「生きた街」。その路地には、生鮮食品の露店や地元食堂がひしめき合い、都市としてのデリーが持つ歴史の重みを肌で感じられます。この日常の中に観光客にもあまり知られていない歴史遺産が静かに点在しているのです。
街の喧騒に佇む「迷宮の墓」ブール・ブライヤ(アドハム・ハーン廟)
クトゥブミナールからメヘラウリの街に入って最初に目に見えたのが、八角形の独特な形状を持つ遺跡、ブール・ブライヤでした。
歴史と建築、アクバル帝の宮廷を揺るがした陰謀
この遺跡の正式名称はアドハム・ハーン廟(Adham Khan’s Tomb)といい、1562年にムガル帝国皇帝アクバルによって、彼の養兄弟であり将軍であったアドハム・ハーンのために建設されました。
彼の人生は劇的なものでした。アドハム・ハーンは1562年、嫉妬からアクバルの寵臣アタガ・ハーンを殺害し、激怒した皇帝の命令により、アーグラ城塞の城壁から投げ落とされて処刑されました。この廟は、その悲劇的な物語を伝えるもの。

建築的には、ムガル朝初期に建てられたので、その八角形のドーム形式は、先代のローディー朝やサイイド朝の伝統的なスタイルを残っている点が特異。また、壁が厚く、内部に通路が当時複雑に入り組んでいるため、訪問者が迷子になりやすいことから、「迷宮」を意味する「ブール・ブライヤ」という愛称で呼ばれています。
現地での利用状況:「遺跡」ではなく「公園」?
ブール・ブライヤの前の広場はバスターミナルになっており、人や車が多く行き交う、まさに生活の中心地です。この遺跡は、ジャハーズ・マハル(後述)と同様に入場無料で一般に開放されています。

私が中に入ってみると、そこは厳重に管理された遺跡というより、完全に地域の公園と化していました。地元の住民がトランプに興じたり、座っておしゃべりしたり、建物の日陰でたくさんの野良犬がのんびりと寝そべっていたりと、遺跡が人々の日常の風景の一部になっていました。

八角形の廟の内部に入ることができましたが、中心部の墓標があるはずの空間は格子でふさがれており、外からドーム状の空っぽな空間を眺めるだけでした。これは、かつて1830年代にイギリスの士官がこの廟を住居に転用し、中央の墓を撤去して食堂にしたという歴史や、「休憩所」や「警察署」として機能していた時期もあったという。後にアドハム・ハーンの墓は現在の様に復元されました。
ゴミに囲まれ、荒廃が進む「船の宮殿」ジャハーズ・マハル
ブール・ブライヤを後にして、メヘラウリの中心街をさらに歩き進めると、次に偶然ジャハーズ・マハル(Jahaz Mahal)を発見しました。古めかしい壁と、屋根に並ぶ6基のチャトリ(小塔)がいかにも歴史的な遺跡であることを示していました。
歴史と建築:湖に浮かんだ巡礼者の宿
ジャハーズ・マハルは、ウルドゥー語で「船の宮殿」を意味します。これは、西側に隣接するハウズ・イ・シャムシーという巨大な貯水池(イルトゥトゥミシュ・スルタンが1230年に掘削した、この地域で最も古い構造物の一つ )に、建物がまるで船のように映ることから名付けられました。

建設されたのは15世紀後半から16世紀初頭、ローディー朝時代にあたります。その具体的な目的は今も完全にはわかっていないのですが 、最も有力な説は、遠方からデリーを訪れる巡礼者や商人を迎えるためのキャラバンサライ(隊商宿)として使用されていたというものです 。
保存状態:無料開放と深刻な荒廃
ジャハーズ・マハルもまた、歴史的建築物でありながら入場料は無料でした。中に入ると、ブール・ブライヤと同様に、地元の人たちが建物の奥で座っておしゃべりしたり、建物に入ったり登ったりと、非常に自由に利用している様子が見られました。

しかし、この記念碑の保全状態はより深刻。建物の周りには堀のような跡が見られましたが、そこには大量のゴミが捨てられており、周辺環境の荒廃が顕著でした。建物内部に自由に入れる状況も相まって、この建物を積極的に保存していないな、というのが正直な印象です。

ジャハーズ・マハルは人が密集して混雑した地域にあるため、建物が占拠されたりゴミが捨てられたりといった問題が起きやすい場所になっています。
無料開放という「両刃の剣」と行政の課題
ブール・ブライヤやジャハーズ・マハルは、インド考古学調査局(ASI)が保護し、現在は無料で一般公開されています。これは、市民が気軽に歴史遺産に触れ、保全の大切さを知るきっかけを増やしたいというASIの狙いによるものです。
しかし実際に現地を訪れると、この「無料開放」が必ずしも良い面だけではないことが見えてきます。まさにメリットと問題が隣り合わせの政策です。
デリー南部のメヘラウリ地区は、華やかなクトゥブ・ミナールのすぐ近くにありながら、歴史遺産と地域社会、そして保全の現実が複雑に交差する場所でもあります。
