ガザ地区やヨルダン川西岸地区に暮らすパレスチナ人たちは、自治区の外に自由に出ることができません。移動には厳しい許可が必要で、その行動は常に制限されています。
一方で、イスラエル国内の政治では、議会にはアラブ人の政党が存在し、イスラエル領内にはアラブ人が多数暮らす街もあります。
同じアラブ系の人々でありながら、イスラエル領内とパレスチナ自治区とでは、状況がまるで異なるのはなぜなのか。イスラエルがパレスチナの人々に攻撃を加えている一方で、イスラエル国内に暮らすアラブ系住民はどう位置づけられているのか。その違いを調べてみました。
それぞれのルーツとは
イスラエルに存在する二つのアラブ系市民のルーツを知るたどる
- イスラエル領内アラブ系市民/イスラエルのパレスチナ人市民:
このグループは、1948年のイスラエル建国時にその領土内に留まることを選んだパレスチナ人の子孫 。彼らのアイデンティティは、市民性、宗教、民族という複数の要素が絡み合っており、多くの人が自らを「イスラエルのパレスチナ人市民」と呼ぶことを好む 。 - パレスチナ自治区のパレスチナ人:
このグループは、1948年の戦争で故郷を追われた人々の家族や 、1967年の六日戦争でイスラエルが占領したヨルダン川西岸地区とガザ地区に居住する人々です 。彼らはイスラエルの市民権を持っていません。
運命を分けた「ナクバ」
両者の状況を理解する上で、最も重要な鍵となるのが、1948年のアラブ・イスラエル戦争です。イスラエル人にとって「独立戦争」であるこの出来事は、パレスチナ人にとっては、アラビア語で「大惨事」を意味する「ナクバ」として記憶されています 。この戦争の結果、約70万人のパレスチナ人が故郷を追われ、難民となりました 。
戦後、イスラエル領内に留まった約16万人のパレスチナ人には、市民権が与えられました 。しかし、彼らは1966年まで軍政下に置かれ、他のイスラエル市民と同様の権利が制限されていたのです 。一方、難民となった人々は、近隣諸国やヨルダン川西岸地区、ガザ地区に移住し、イスラエルとは全く異なる法制度の下で生活することになりました 。この歴史的な出来事が、二つのグループの未来を決定的に分けました。
イスラエル領内アラブ系市民の生活

市民権という名のパラドックス
イスラエル領内アラブ系市民は、ユダヤ系イスラエル人と法的には同等の権利と地位を持っています 。彼らは身分証明書やパスポートを持ち、選挙で投票し、イスラエル国内を自由に移動できます 。しかし、ユダヤ系市民との間には、無視できない違いも存在します。例えば、彼らはほとんどのユダヤ系市民とは異なり、イスラエル国防軍(IDF)での兵役義務がなく、そのため退役軍人向けの特定の恩恵を受けることができません 。
さらに、2018年に可決された「ユダヤ人の国民国家基本法」は、彼らの法的地位を揺るがしました。この法律は、イスラエルを「ユダヤ人の国民国家」と定め、アラビア語の公用語としての地位を剥奪しました 。このため、多くのアラブ系市民は、市民としての権利が法的に弱められたと感じています 。
※オリーブ山に住むアラブ系住民イブラヒムじいさんの記事も参考に
構造的差別の現実
法的に平等であるにもかかわらず、アラブ系市民は社会経済的な面で大きな格差に直面しています 。彼らの多くは国内で最も貧しい地域に住んでおり、貧困率は非常に高いのが現状です。2019年の統計では、アラブ人家庭の45.3%、アラブ人の子どもの57.8%が貧困線以下で生活していました 。また、就労しているアラブ人の平均所得は、ユダヤ人のわずか58.6%に過ぎません 。
教育制度にも二つの異なるシステムが存在し、教育省はアラブ系のシステムへの学生一人当たりの支出が、ユダヤ系よりも少ないことを認めています 。その結果、アラブ系の学校はクラスが大きく、教員が少なく、基本的な施設が不足していることが多いのです 。この制度的格差は、アラブ系学生の高等教育への進学を困難にしています 。
パレスチナ自治区のパレスチナ人の生活

軍事占領下の厳しい現実
ヨルダン川西岸地区とガザ地区は、国際法上、イスラエルに占領されたパレスチナ領土と認識されています 。ここに住むパレスチナ人は、イスラエルの市民ではなく、軍事占領下の統治体制に置かれています 。ガザ地区では、2007年以降ハマスが事実上の支配権を確立しており、ヨルダン川西岸地区でも、パレスチナ自治政府の権限は限定的です 。
崩壊と格差に苦しむ経済
イスラエルとパレスチナ自治区の間には、非常に深刻な経済格差が存在します 。2022年(現在の戦争以前)の時点で、イスラエルの1人当たりGDPは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の実に14倍にも達していました 。さらに、ガザ地区では2023年10月以降の戦争により、経済がほぼ完全に崩壊。人口の98%が「多次元的貧困」下で生活し、失業率は80%に急増しています 。
組織的な障壁
イスラエル領内アラブ系市民が国内を自由に移動できるのに対し 、パレスチナ自治区のパレスチナ人は、日々の生活でさえ、厳しい移動制限に直面しています 。検問所、許可制度、物理的な障壁が、彼らの自由な移動を妨げ、日々の活動や人生設計を困難にしています 。
医療へのアクセスも同様です。パレスチナ自治区の医療システムは、財政危機や移動制限により圧迫されています 。多くの患者が、イスラエル国内の医療施設での治療のために許可申請を必要としますが、かなりの割合で申請が却下されたり、保留されたりしています 。
決定的な違いを比較する
以下に、両者の法的地位、権利、そして生活状況の違いをまとめました。
| カテゴリ | イスラエル領内アラブ系市民 | パレスチナ自治区のパレスチナ人 |
| 法的地位 | イスラエル市民 | イスラエル市民ではない |
| 市民権/居住権 | イスラエル市民権とパスポートを保持 | イスラエル市民権はなく、ヨルダン・委任統治時代の法令および軍事法に従属 |
| 帰還の権利 | 1948年以降の難民とその子孫の帰還の権利は否定される | 国連決議第194号によって帰還権が認められているが、イスラエルによって否定されている |
| 政治参加 | 国政選挙および地方選挙での投票・立候補権を有する | イスラエル選挙での投票権はなく、パレスチナ自治政府選挙は15年以上実施されていない |
| 移動の自由 | イスラエル国内での移動は自由 | 検問所、許可制度、物理的な障壁により厳しく制限されている |
| 兵役義務 | ほとんどのユダヤ系市民とは異なり、兵役義務はない | イスラエル軍への兵役義務はない |
| 家族の再会 | 外国人配偶者との再会は可能だが、パレスチナ自治区の住民との結婚では法律により禁止されている | イスラエル市民との結婚による市民権・居住権の取得は、法律により禁止されている |
| カテゴリ | イスラエル(ユダヤ人) | イスラエル領内アラブ系市民 | パレスチナ自治区のパレスチナ人 |
| 一人当たりGDP | 非常に高い | イスラエル平均よりも低い | イスラエルの14分の1 |
| 失業率 | 3.7% | 不明 | 24.4% |
| 貧困率 | 23% (全国平均) | 35.8% (家庭) | ガザでは98% (多次元貧困) |
| 教育支出 | アラブ系システムより多い | ユダヤ系システムより少ない | 資金不足により教育インフラが不十分 |
| 医療アクセス | 高水準 | ユダヤ系市民より劣る可能性がある | 移動制限、財政危機、インフラ攻撃によりアクセスが制限されている |
階層的なシステムという見方
国際社会や人権団体は、イスラエル政府がユダヤ系イスラエル人によるパレスチナ人への支配を維持するための包括的な政策を追求していると主張しています 。彼らは、イスラエル領内アラブ系市民が直面する構造的差別と、パレスチナ自治区住民が軍事占領下で受ける組織的な抑圧は、個別の問題ではなく、ひとつの制度的枠組みの異なる側面であると結論付けています 。
結論として、イスラエル領内アラブ系市民は、市民権を持つものの、制度的な不利益とアイデンティティを巡る課題に直面している。一方、パレスチナ自治区のパレスチナ人は、軍事的な統制の下で生活し、権利が厳しく制限される、より下の階層に置かれている。そして、その最上位には、法的に特権的な地位を享受するユダヤ系イスラエル人が位置しているのです。このような「階層的なシステム」の存在が、両集団がイスラエル政府から受ける扱いの根本的な違いを、最も明確に説明しています。
※オリーブ山に住むアラブ系住民イブラヒムじいさんの記事も参考に


