パレスチナ分離壁

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の街、ベツレヘム。イエス・キリスト生誕の地として知られる聖地ですが、この街にはもう一つの、あまりに巨大で象徴的な「壁」が存在します。今回は、街を分断する分離壁と、そこに描かれたアートが伝えるメッセージについて紹介します。

ベツレヘムを貫く「分離壁」の正体

ベツレヘムの街を歩くと、突如として目の前に現れる高さ8〜10メートルもの巨大なコンクリートの壁。これが「分離壁(セパレーション・バリア)」です。

ベツレヘム分離壁
パレスチナベツレヘム側より

2000年に勃発したパレスチナ人による武装蜂起(第二次インティファーダ)を受け、イスラエル政府が「自爆テロ防止のための安全保障上の障壁」として2002年から建設を開始しました。しかし、そのルートの約85%はイスラエルとの国境(グリーンライン)を越えてパレスチナ側に深く食い込んでおり、パレスチナ人の土地接収や移動制限という人道的な問題を引き起こしています。

ベツレヘム分離壁
塀の上にも有刺鉄線が

国際司法裁判所(ICJ)は2004年、この壁の建設を「国際法違反」と断じ、解体を求める勧告を出しましたが、現在も壁は存在し続け、イスラエルによるさらなる強化が進められています。

監視塔とトランプ大統領:壁が結ぶ奇妙な縁

ベツレヘムの観光の終盤、バンクシーの有名な作品「狙われた鳩(Armoured Dove)」の近くにある監視塔を訪れました。この鳩は防弾チョッキを着て、監視塔からの銃口に狙われており、平和への祈りと現実の厳しさを象徴しています。

鳩を狙ってる監視塔
鳩を狙ってる監視塔

ちょうど私が訪れたのは第一次トランプ政権の時期。米国がエルサレムをイスラエルの首都と認め大使館を移転させたり、エルサレムの聖地近くまで地下高速鉄道を伸ばし、その駅を「トランプ駅」と名付けようとしたりしていた時期でした。

イスラエル兵を守るトランプ
イスラエル兵のいる監視塔を抱えるトランプ

印象的だったのは、監視塔そのものに描かれたトランプ大統領の落書きです。トランプ氏が大事そうに監視塔を抱きしめている姿は、彼がイスラエルを強く擁護していることを風刺しているように見えます。

後にトランプ氏がメキシコ国境で建設を進めた「トランプ・ウォール」も、このイスラエルの事例を参考にしていたのかもしれません。

バンクシーが変えた「世界一眺めの悪いホテル」周辺

監視塔から壁つたいに歩いていくと、有名な「ザ・ウォールド・オフ・ホテル(世界一眺めの悪いホテル)」が見えてきます。アーティストのバンクシーがプロデュースしたこのホテルは、全室の窓から分離壁しか見えないという衝撃的な立地です。

ホテル前の分離壁
ホテル前の分離壁

この周辺の壁は、いまや世界中のアーティストが集まる「巨大なキャンバス」となっています。バンクシーの作品を模した「偽バンクシー」も含め、無数のグラフィティが層を成し描かれていて圧倒されます。

偽物のバンクシー
偽物のバンクシーもちらほら

バンクシーの本物の作品はコチラ

壁に描かれた「憎悪」と「希望」の肖像

壁には、パレスチナの人々の感情が直接的に反映されています。

イスラエルのネタニヤフ首相の顔は、現地の強い反発を反映してか、非常に大きく憎々しげに描かれています。

イスラエル首相ネタニヤフ
ネタニヤフ首相の落書

イスラエル寄りの政策を進めたトランプ氏の落書きも非常に多く、現地での嫌われぶりが伺えます。

第一次トランプ政権時の落書
第一次トランプ政権時の落書

一方で、コンクリート壁の重苦しさを逆手に取り、壁に空いたドアをのぞき込む少女を描いた作品もありました。これは壁の向こう側にある自由な世界と繋がりたいという、切実な願いを象徴しているかのようです。

壁の向こうが見える窓を覗く少女
壁の向こうが見える窓を覗く少女

パレスチナの英雄と世界的なリーダーたち

分離壁には、悪役だけでなく、希望や連帯を象徴する人物も多く描かれています。

レイラ・ハリドの壁画
レイラ・ハリドの壁画

パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のメンバーとして飛行機をジャックし、抵抗の象徴となったレイラ・ハリドの壁画も見られました。

マンデラ元大統領の壁画
マンデラ元大統領の壁画

世界的な連帯を示すように、アパルトヘイトを廃止した南アフリカのマンデラ大統領や、マイノリティの権利を主張する米国のバーニー・サンダースのアートも並んでいます。

俳優ラリー・デイヴィッドの顔
俳優ラリー・デイヴィッドの顔

なお、サンダース氏のアートは、彼を演じた俳優ラリー・デイヴィッドの顔にサンダース氏の名言を添えるという、皮肉の効いた作品になっていました。

美しさを拒む壁

分離壁に描かれたアートは、時に美しく、時に非常に攻撃的です。
しかし、かつてバンクシーに地元の老人がかけた「壁を美しくしないでくれ。私たちはこの壁を憎んでいる。家に帰ってくれ」という言葉が、この場所の本質を突いています。

分離壁
壁に鏡があり自分が写り込む

アートが観光客を呼び寄せ、世界に現状を伝える役割を果たす一方で、現地の人々にとっては今この瞬間も自分たちの自由を奪い続けている「冷たいコンクリート」でしかありません。描かれたアートの数々は、単なる装飾ではなく、終わりの見えない占領に対する血の通った「叫び」なのです。

この記事を含む旅行記

分離壁アートがあるエリアはこの辺り

分離壁を見て歩いてる時の様子

投稿者 iryota_gram

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