イスラエル旅行のハイライトの一つとして、エルサレムからバスを利用し、パレスチナ自治区のベツレヘムへと日帰り旅をしました。
エルサレムの南約10kmに位置するこの街は 、キリスト教の伝統においてイエス・キリストが誕生した場所とされ、2世紀中頃には既にその場所(洞窟)が特定されていたという深い歴史を持ちます。
ベツレヘムに到着して私がまず向かったのは、街の中心、馬小屋広場(Manger Square)に面して立つ降誕教会(Church of the Nativity)でした。
降誕教会:1700年の建築史が語る荘厳さ
降誕教会は、単にイエスが生まれた場所を示すだけでなく、古代キリスト教建築の歴史を今に伝える貴重な遺産です。現在の教会の建物は、4世紀にコンスタンティヌス大帝の母ヘレナ皇太后の命により339年に献堂された初代バシリカ、そして6世紀にユスティニアヌス帝によって再建された構造を基礎としています。

教会の内部に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは5つの側廊を形成する空間です。コリント式の柱が並ぶこの典型的なローマ・バシリカ様式の構造は、初期キリスト教建築の面影を残しています。

また、入り口には「謙遜の扉」と呼ばれる非常に低い入り口があり、中に入る者は皆、頭を下げて敬意を払う仕組みになっています。かつて略奪を防ぐために狭められたというこの扉は、聖域への入り口にふさわしい緊張感を与えています。

さらに、壁面に目を向ければ12世紀の十字軍時代に作られたモザイク画が残り、足元には4世紀の初代教会から引き継がれた床モザイクが今も大切に保管されています。

この聖地は、ギリシャ正教会、ローマ・カトリック、アルメニア使徒教会の三教派によって共同で管理されており、Status Quo(現状維持協定)という厳格なルールのもとで各教派の権利が守られています。降誕の洞窟には、生誕の地点を示す銀の星があり、その隣にはカトリックが排他的に所有権を持つ「飼い葉桶の祭壇」が設けられています。
聖カテリーナ教会:フランシスコ会の排他的な拠点
降誕教会を見学していると、いつのまにか北側に隣接する聖カテリーナ教会(Church of Saint Catherine)に迷い込んでいました。ここは1347年にフランシスコ会が定住を開始した場所であり 、現在の建物は1882年に再建されたものです。

降誕教会が古代ローマ風なのに対し、こちらはゴシック・リヴァイヴァル様式の雰囲気が特徴です。18世紀の幼子イエス像が安置された祭壇や、近代的なステンドグラスが空間を彩っています。

教会の外に広がる中庭(クロイスター)は、1948年に建築家アントニオ・バルルッツィによって再設計されたもので、12世紀の十字軍時代の柱や柱頭が組み込まれています。中央には聖ヒエロニムスの像が立ち、歴史の連続性を感じさせます。

この教会は世界的な注目を集める場所でもあり、毎年12月24日の夜には、世界中に中継されるクリスマス深夜ミサの華やかな舞台となります。多くの信者を収容するため、近年も拡張工事が行われました。
なぜ二つの教会は「一体化」しているのか?
降誕教会と聖カテリーナ教会が物理的に繋がっているのには、戦略的・法的な理由があります。
まず、Status Quoのルールにより、共有地である降誕教会内ではいかなる改変も認められません。そのため、カトリック(フランシスコ会)は自らの典礼や行政を自由に行える独立した拠点として、すぐ隣に「聖カテリーナ教会」を構える必要がありました。

そして最大の理由は、聖カテリーナ教会の地下から、最も聖なる場所である「降誕の洞窟」へと直接繋がる地下通路が存在することです 。この通路があるおかげで、フランシスコ会は他宗派が管理する地上部分を通ることなく、カトリックの単独管理空間から直接洞窟へとアクセスし、日々の儀式を遂行できるのです。
地下には聖書をラテン語に翻訳した聖ヒエロニムスの洞窟もあり 、これらの地下空間が二つの教会を血管のように結びつけることで、機能的な「一体化」を実現しています。

