世界遺産タージマハルのあるアグラの街からバスで1時間半ほどで行けるもう一つの世界遺産、ファテープルシークリーへ行ってきました。
世界遺産ファテープルシークリーの見所の一つ、ジャーマ・マスジドのブーランド・ダルワーザーを紹介します!
巡礼と勝利の都、ファテープルシークリーへ
インド北部に位置するファテープルシークリーは、かつてムガル帝国第3代皇帝アクバルが築いた「勝利の街」。この街の歴史は、アクバル帝の個人的な願いから始まりました 。長らく世継ぎに恵まれなかったアクバル帝は、この地で隠遁生活を送っていたスーフィー聖者シェイク・サリーム・チシュティを訪れ、祝福を求めたといいます。そして聖者の予言通りに王子が誕生したことを受け、アクバル帝は聖者への感謝と、自身の権力を神聖なものとして確立するために、ここに新首都を建設することになりました 。

この壮大な計画の中心となったのが、ファテープルシークリーの丘の最高地点に建てられた「ジャーマー・マスジド」です 。
異文化が融合するモスク:ジャーマー・マスジド
1571年から1574年にかけて完成したジャーマー・マスジドは、当時ムガル帝国で最大の規模を誇るモスクでした 。広大な中庭(サーン)に囲まれ、ヒンドゥー建築とイスラム建築の要素が融合しています 。

特に注目すべきは、赤砂岩を主体とした構造の中に、インド伝統の柱や梁の技術、屋根を飾るチャトリ(東屋)が取り入れられている点 。これらは、アクバル帝(イスラム教)が異なる信仰(ヒンドゥー教など)を持つ臣民を統合しようとした、彼の宗教的寛容性「スルヒ・クル」(万民の平和)の哲学を建築で表現したものと考えられている 。

モスクの敷地内には、アクバル帝の精神的な師であるシェイク・サリーム・チシュティの廟もあり、この場所が信仰の中心であったことがわかります。

偉大な門:ブーランド・ダルワーザー(Buland Darwaza)
ジャーマー・マスジドの南門には、ファテープルシークリーを象徴する壮大な門「ブーランド・ダルワーザー」がそびえ立っています 。その名は「高貴な門」を意味し、地上からの高さは54mにも達し、世界で最高クラスの門の一つとして知られています 。

この門の建設時期については諸説あるようですが、多くの資料はアクバル帝が1573年のグジャラート遠征での勝利を記念して建設したと述べている。また一部の資料は、モスク本体が完成した後に、1601年から1602年の間にデカン地方での勝利を記念して建てられたと主張しています 。いずれにせよ、この門がアクバル帝の軍事的偉業を称える「勝利の門」であったことは間違いありません 。

門の素材にはジャーマー・マスジドと同じく赤砂岩が使われ、白い大理石や黒い大理石の精緻な象嵌細工で飾られています 。門の上部には、ムガル建築の特徴であるチャトリ(東屋)が配置され、面白いシルエットを形成しています 。
階段が物語る、皇帝の権威
ブーランド・ダルワーザーの最も印象的な特徴の一つは、門へと続く42段にも及ぶ壮大な大階段。丘の斜面に沿って広がるこの階段は、門そのものの高さを視覚的に強調する効果を生み出すために意図的に設計されている 。

来訪者は単に出入りするだけでなく、実際にこの階段を上ることで高揚し、皇帝の権力と神聖な空間に近づく儀式的な感覚を味わうことができます 。
勝利のメッセージ
この門に刻まれた碑文もまた、非常に興味深いものです。門の東側には、グジャラート遠征での勝利を記したペルシア語の碑文があり、アクバルが武力で帝国を築いた征服者であることを示しています 。

しかし、メインゲートの中央には、全く異なるメッセージが刻まれています。
そこには、「世界は橋である、その上を通りなさい、しかしその上に家を建ててはならない。一日を望む者は永遠を望むかもしれないが、世界は一時間しか続かない。残りは見えないのだから、それを祈りに費やしなさい」と説いています 。
勝利を祝う門に、現世の栄光を否定するような言葉を刻むというこの矛盾した選択は、アクバル帝の軍事的偉業をより普遍的な精神的文脈の中に位置づけようとした彼の思想を力強く象徴しています 。ブーランド・ダルワーザーは、単なる勝利の記念碑ではなく、アクバル帝の壮大な政治的・精神的ビジョンを物理的に表現した、唯一無二の傑作なのです。
場所はコチラ
タージマハルのあるアグラからバスで1時間半ほど。
別記事でバスでの移動方法をまとめています。



