サマルカンドの観光名所といえばレギスタン広場が有名ですが、そこからシヨブバザールで腹ごしらえをして少し足を延ばすと、視界を青色で埋め尽くす聖地が現れます。それが「シャヒ・ズィンダ(Shah-i-Zinda)廟群」です。
入口から始まる「青の摩天楼」への階段

シャヒ・ズィンダの入口門をくぐると、目の前には急な階段が現れます。この階段のすぐ左手には、ターコイズブルーに輝く二つの大きなドームを持つ建物が見えます。これは15世紀、ウルグ・ベクによって天文学者カズィ・ザデ・ルミ(あるいは王太后)のために建てられたとされています。

階段を一歩一歩上るごとに、神聖な空気が漂い始めます。階段を上りきった先に広がるのは、細い通路を挟んで巨大な廟が奥まで建ち並ぶ、まさに「青の摩天楼」のような光景です。
なぜこれほど多くの廟が一箇所に集まったのか?
この廟群の最大の特徴は、約200メートルの狭い通路の両側に、20以上の壮麗な廟が密集している点です。なぜ、バラバラではなくこれほど一箇所に集まったのか。空間の奇麗さよりそこがまず気になりました。それには歴史的・都市計画的な理由があるようです。

- 聖者への「バラカ(霊的な恩恵)」への希求
この地の中心には、預言者ムハンマドの従兄弟クサム・イブン・アッバースの墓があります。イスラムの信仰では、聖者の近くに埋葬されることで、死後の世界でその加護を得られると考えられました。そのため、当時の王族や貴族、司令官たちがこぞって聖者の「隣」を求め、競うように廟を建てたのです。 - 古代都市アフラシヤブの街路遺構
考古学的な調査によると、この廟群の配置は9~10世紀頃の古代都市サマルカンド(アフラシヤブ)の道路網の場所にあります。1220年のモンゴル侵攻で都市が破壊された後も、聖者の廟へと続くこの「聖なる道」だけが残り、その線上の限られたスペースに新しい廟が追加されていったため、現在のような細長い回廊状の配置になりました。

個性が光る「お墓の高級分譲地」

実際に歩いてみると、建物ごとに装飾のバリエーションが豊かで驚かされます。14世紀から15世紀にかけてティムール朝の女性皇族(姉妹、妻、姪など)が多く埋葬されたこの場所は、さながら「タイルの美術館」です。

眩しいほどの青いタイルが貼られた豪華な廟もあれば、タイルのない無垢な廟、内部までびっしり装飾されたものから無装飾のものまで、多種多様な美しさがあります。

地元の人が熱心にスケッチをしている姿も見かけ、お墓という暗い場所というイメージではなく、現代でも地元の人々の生活の中にあることを実感します。まるで「お墓の高級分譲地」か「デパート」のように賑やかで、心斎橋のような華やかささえ感じられる不思議な空間です。

最奥の聖域:伝説の「生ける王」が眠る場所
通路を最奥まで進むと、四方を青いタイルに囲まれた空間に辿り着きます。ここがシャヒ・ズィンダの核心部、クサム・イブン・アッバース廟です。

「シャヒ・ズィンダ」とはペルシア語で「生ける王」を意味します。伝説によれば、クサムは礼拝中に襲撃され首を切り落とされましたが、自らの首を抱えて深い井戸へと入り、今もそこで生き続けていると言われています。

廟の内部はシンプルな通路から、この世のものとは思えないほど美しい天井を持つ部屋へ変わるギャップ、ここが聖域の頂点であることを教えてくれます。

おわりに
シャヒ・ズィンダ廟群は、1000年以上の時を超えて人々の信仰と、建築家たちの情熱が積み重なってできた場所。

サマルカンドの蒼い空と青いタイルは、ウズベキスタンが青色という印象を強く刻み込む場所になります。訪れる際は、できれば時間をかけて一軒一軒の廟が持つ歴史を感じながら見学してみたいところ。
(※記事内の写真は2019年5月に私が実際に撮影したものを利用しています。)
