マレーシア最古の歴史都市マラッカ。その中心地であるオランダ広場(スタダイス周辺)に行ってみると、目を疑うというか目がチカチカする光景に遭遇します。それは、目が痛くなるほどの電飾と、大音量のBGM、そしてお馴染みのキャラクターたちで埋め尽くされた三輪車「トライショー(現地名:ベチャ)」の群れです。
今回は、2022年末に訪れた時に見た「トライショー」を紹介します。
まるで夜のパチンコ屋!?マラッカの夜を彩る衝撃の光景
マラッカに夜遅く到着し、宿の近くのオランダ広場を散策していると、目の前に、ド派手にチカチカと点滅する物体がいくつも停車していました。それがマラッカ名物「トライショー」でした。

翌日の昼間に改めて街を歩いてみると、至る所でその姿を見かけます。夜は電飾で見えませんでしたが、車体はドラえもん(青)、ピカチュウ(黄)、ハローキティ(ピンク)といった人気キャラクターのぬいぐるみや造花で埋め尽くされています。さらに、車体からは最新のポップスやアニメソングが大音量で垂れ流されており、街全体がまるで遊園地のような賑やかさです。

特に夜の「パハラワン・ウォーク・マーケット(Pahlawan Walk Market)」付近は圧巻です。待機している無数のトライショーが一斉に電飾を輝かせ、音楽を鳴らしている様子は、まるでパチンコ屋の中に迷い込んだかのような熱気。この圧倒的な誘惑は、小さなお子様連れなら間違いなく吸い寄せられてしまうにちがいないのです。

大阪府民であれば共感するかもしれないが、夜のだんじりのパレードの様な雰囲気です。
トライショーのルーツは日本の「人力車」
今でこそド派手な観光資源となっているトライショーですが、その歴史は意外にも古く、技術的な進歩を経て現在の形になりました。
- 起源は日本の人力車
19世紀後半、マレーシアに導入された当初の輸送手段は、日本に起源を持つ二輪の「人力車」でした。
その後、1914年頃にシンガポールでペダル式の三輪車が登場し、マレー半島全域に普及しました。 - マラッカ独自の「サイドカー型」
マレーシアのトライショーには大きく分けて2つのタイプがあります。
ペナン型は漕ぎ手が客席の後ろにいますが、マラッカ型は客席の横に自転車が取り付けられた「サイドカー方式」です。
この構造により、漕ぎ手が乗客のすぐ隣で観光案内をすることが可能になりました。 - 名前の由来
現地で呼ばれる「ベチャ(Beca)」という言葉は、福建方言で馬車を意味する「ベ・チャ(Be-chia)」が語源とされています。

ルーツは同じでも育つ環境が違うとここまで変わるのかという。
日本の人力車は進化するまでにモータリゼーションが来てしまい原型を留めていますが、近代化が遅れたマレーシアではこのような進化をするとは、面白いものです。
伝統からポップカルチャーへ:装飾の進化
かつてのマラッカ・トライショーは、現在のようなキャラクター仕様ではありませんでした。
- 伝統的な時代
以前は「アワン・ララ」と呼ばれるマレーの伝統的な唐草模様や植物をモチーフにした落ち着いた装飾と、伝統音楽が主流。 - 観光アイコン化
1990年の「マレーシア観光年」を機に、より観光客の目を引く視覚的な演出が強化。 - 現代のスタイル
現在はビジネス競争の中で家族連れを惹きつけるため、ハローキティやポケモンといった世界的なキャラクター、LED電飾、ポップミュージックによる派手な演出が定番。

これからのトライショー:未来に向けた新しいルール
あまりに自由な装飾や大音量の音楽に対し、マラッカ政府は歴史的景観を守るための新しいガイドラインを導入し始めています。

2024年から2025年にかけて、ライセンス更新の条件として以下の5つが義務付けられます。
- 騒音管理
- 服装の統一
- 装飾の適正化
- 運賃の標準化
- ルートと速度の遵守
こうした規制により、現在の「カオスな魅力」は少しずつ整理されていくかもしれませんが、人々の生活を支える移動手段から「街を走るエンターテインメント」へと進化したトライショーの魂は、これからもマラッカの名物であり続けると思います。
マラッカを訪れた際は、ぜひ歴史の重みを感じるオランダ広場(スタダイス)から 、この「動く文化遺産」に乗って街を巡ってみては。
オランダ広場の場所はコチラ
夜のトライショーの様子をリール動画で
(※記事内の写真は2022年12月に私が実際に撮影したものを利用しています。)
